
朝暗いうちから15㎞の朝ラン。

近所の人が近所のお坊さんにお布施をしている光景を数か所で見ました。裏道にいたお坊さんたちの後を付いていたら裏口からお寺に入ってしまいました。

パトゥーサイ。凱旋門をまねたとか。思っていた以上に大きいです。周辺はラオス人のランナー結構いました。

宿の朝食。まあまあです。

ベルリンから来たドイツ人夫婦とずっと話していました。

買い物などをしに市内へ。市内バスには日本の国旗が付いています。

空港シャトルの時刻表がどこにもなかったので、バスセンターでやっと入手できました。

アメリカ軍がベトナム戦争時に参戦国でもないのに密かにラオスを爆撃した結果、大量の不発弾が残り、人々を傷つけたことを示す施設。
アメリカはホーチミンルートを壊滅させたくて、結果的にラオスに投下された爆弾の量は世界一とか。

クラスター爆弾は一つの大きな爆弾の中に670個の玉が入っていたそうです。

農作業や子供が誤って触ったりして被害が。今でも多くは処理しきれていないそうです。

義足の支援施設でもあります。

隣に障がい者用の体育館。ここも日本の支援があったようです。

中心部には巨大なショッピングセンターがいくつもあります。

3階のフードコートでラーメンみたいな麺を頂きました。価格は何と325円。でもボリュームがあり、牛肉、ホルモン、牛筋、肉団子などがゴロゴロ入っていました。

宿に帰ってプールに入り、まったり過ごしていました。首都ではもうすることがありません。レンタル自転車をかなり探しましたが、もうバイクの時代にんばってしまった様です。隣のホテルでバイクレンタル24時間1200円でやっていたので借りました。

20㎞ほど離れたラオス・タイ友好の橋に行ってみましたが、高速みたいで入ることが出来ませんでした。
帰り道、ビエンチャンが近づいたところで突然吹けなくなり、直後にガス欠。リザーブタンクもありませんでした。
途方にくれましたがしょうがない。バイクを押してスタンドを探して歩きました。でも、全然ない。
しばらくすると一台のスクーターが止まってくれて事情を察してくれました。英語全く話せない人でした。
その人は私を私のバイクに乗せ、自分のスクーターの動力で私のバイクのステップを押して2台一緒に動かしだしました。意外と走り時速30㎞位出ました。

そうして二人でスタンドに着いたのに、ちょうど閉まった所。それで、私をそこに置いて私からお金を受け取りペットボトルにガソリンを2リットル買って来てくれました。

感謝です。別れ際に、多分さっき購入したばかりのみかんを袋ごとくれようとしましたが、さすがに辞退しました。

ラオスの人の優しさに救われました。

夕食は宿の近くで飲茶みたいなのをやっている店があったのでそこにしました。全部で900円くらい。美味しかったです。日本で食べている感じです。鶏の足は初めてかもしれません。

ナイトマーケットではワニも焼かれていました。

こおろぎでしょうか?

芋虫みたいです。

最後の夜なのでマッサージに行きました。足つぼマッサージ1000円、全身マッサージ900円でした。いずれも1時間。なぜ全身の方が安いのかわかりませんが、全身をおねがいしました。

フットマッサージは1階の並んだベッドで行われているのでに、全身マッサージは足を洗った後に、3階のカーテンで仕切られた薄暗い個室に連れていかれました。若くスタイルの良い女性なので、なにかいかがわしいことが起きるのかと思いましたが、全く健全なマッサージでした。それほど強くはないのですが、いつの間にか眠っていました。
他ものの物価に比べて、マッサージはラオス格安だと思いました。

最後に市場でお好み焼きかと思ったら甘い焼き物120円を食べました。
































































































































































